「火の国」と「水の国」。ふたつの名を持つ、熊本県。
大地を形づくる火のエネルギーと、そこから生まれ、暮らしを潤す清らかな水。
世界最大級のカルデラを擁する熊本では、県内に1,000カ所以上の湧水源を持つほど豊富な水資源が生まれ、その循環が日々の営みを支えています。
そんな熊本の「火」と「水」をより身近に感じられるのが、山鹿と阿蘇です。
熊本市北部の山鹿は、菊池川の流れと豊かな地下水に育まれ、米や酒造りの文化が息づく、「水の国」らしさを感じられる場所。
一方、カルデラの内側に広がる阿蘇は、今も活動を続ける火山と、野焼きによって守られてきた草原が広がる、「火の国」の風景を体感できるエリアです。
「水」と「火」、自然が生み出す大きな力と共に生きてきた人々の営みをたどる旅へ出かけてみましょう。
目次
山鹿エリアで感じる「水の国」熊本
熊本県の北に位置する山鹿は、清らかな水に育まれてきた町。一級河川・菊池川が流れるこの地では、豊富な水資源を生かし、約2000年前から米づくりが営まれてきました。その歴史は日本遺産にも認定されており、水と共に発展してきた土地であることがうかがえます。
なかでも惣門(そうもん)地区は、肥後米を船に積み出す水運の拠点として栄えた場所。さらに温泉にも恵まれていたことから宿場町としてにぎわい、参勤交代のための豊前(ぶぜん)街道も整備されました。今もなお、町の随所にその面影が残り、水がもたらした繁栄の記憶を感じることができます。
山鹿の魅力を店主自らが伝える「米米惣門ツアー」
山鹿に来たらぜひ参加したいのが、店主たち自らが”お米”をテーマに町を案内する「米米惣門(こめこめそうもん)ツアー」。
豊富な水資源を得て繁栄してきた山鹿の町を、ただ商店街を巡るのではなく、店主による紹介を聞きながら体感してみましょう。ツアーは前日までの予約制で、約200メートルに点在するお店やお寺の4カ所を1時間かけて巡り、日替わりのおみやげも付いてきます(水曜定休)。
千代の園酒造
豊富な水、良質な米が集まる場所と聞けば、気になるのが酒蔵。案内の途中で訪れたのが、熊本名物の赤酒も手掛ける「千代の園酒造」です。赤酒はその名の通り、独特の赤みと濃厚な旨みが特徴の伝統的な地酒。元々が米問屋だった経緯もあり、酒造りに使用するお米には今も強いこだわりを持っています。
店内の奥には、木製樽や大釜など昔ながらの道具類も展示。ガラス瓶が普及する以前に、量り売りで使用された陶器製の樽や、一升瓶(1.8リットル)を約10倍にしたサイズの一斗(いっと)瓶など、めずらしいものもたくさん。古きよき時代の道具は、何年経っても色あせない人の手による温かみが宿っています。
最後には、うれしい試飲タイムも。定番と言われる純米酒の朱盃(しゅはい)に始まり、微炭酸がクセになる生原酒、飲みやすく調整された赤酒など種類もさまざま。お酒が苦手な方や子ども用に、ノンアルコールの甘酒も用意されています。
豊富な水資源を得たからこその旨みに感動です。
木屋本店
続いて約200年の歴史を誇る、麹(こうじ)専門店の「木屋本店」へ。先祖代々受け継いできた製法を今も守り続け、店内にはその麹で仕込まれたお味噌や甘酒がずらりと並びます。
「日本では、ほとんどが米味噌なんですが、九州は麦味噌が多いです。あとは麦麹と米麹を混ぜて作る合わせ味噌も一般的です」と、写真を使いながら麹や町の歴史について案内する、9代目の井口裕二さん。
創業当時から町を見守り続けてきた店内も興味深いです。「昔は水害も頻繁に起きていたため、荷物をすぐに引き上げられるようにと2階の床下が工夫されていたり、水に浸かると木が膨張するので壁が壊れないように隙間をわざと作って板を貼っていたりと、川の近くであることを考慮した家の建て方をしています」
まさに「水の国」との共存を感じられる一面でした。
町の歴史を住民が語ることで説得力がありながらも、まるで思い出話を聞いているかのようにすんなりと耳に入っていきます。話の途中で試飲した甘酒は、砂糖が一切含まれていないにもかかわらず、やわらかな甘みが感じられました。
光専寺
続いて入母屋造りの堂々とした楼門が印象的な「光専寺(こうせんじ)」を参拝。1578(天正6)年の創建で、熊本城築城の際に余った材木で建てられたと伝えられています。激戦地となった西南戦争では、野戦病院として敵味方の双方を受け入れたことから日本における赤十字の原点のひとつとも。その精神は今も受け継がれ、すべての方を受け入れるために楼門の扉は常に開かれているそうです。
静けさが心地よい境内の先には本殿が控え、江戸時代、米問屋から豪商へと出世した宗方屋が寄進した経典が保管されています。京都で買い付けた3,000冊もの経典は、現代なら500万円以上の価値があるといわれ、いかに山鹿が栄えていたかを知る、貴重なエピソードです。
せんべい工房
ツアーの最後を締めくくるのは、重厚なハンドル音が響きわたる「せんべい工房」。「水の国」山鹿を代表するものと言えば、忘れてはならない山鹿産のブランド米「ひのひかり」。このお米を使用して焼き上がる米せんべいは、驚くほどサクサク食感。子どもが安心して食べられるよう無添加にこだわったものから、塩分を一切加えず、ペット用にお米だけで作ったものなど、種類も豊富です。
専用の機械でプレスし、せんべい作り体験ができるのも、こちらの魅力。職人さんの案内に従いながらも、スピードとパワーが求められ、思わず四苦八苦することも。たった2秒で完成する早業ですが、忘れられない旅の思い出になります。
「ここでは住民同士が強い信頼関係で結ばれています。娯楽が少なかったこの町で、八千代座という芝居小屋を住民たちが一丸となって建てたように、この『米米惣門ツアー』も山鹿をアピールしようと住民たちが協力し、26年目を迎えています。この信頼関係は、簡単には真似できない山鹿の魅力です」と、米焼師の阪梨文夫さんが放つ言葉からは、住民の誇りが感じられました。
山鹿の繁栄のシンボル「八千代座」
1910(明治43)年に築かれた「八千代座」は、先述の通り、山鹿の町に新しい娯楽を、と住民たちが一丸となって建てた芝居小屋です。
豊富な水資源をもとに栄えた「水の国」山鹿の繁栄を象徴する存在といえるでしょう。
重厚感漂う江戸時代の建築様式を忠実に受け継ぎつつ、舞台装置にはドイツ製のレールを取り入れるなど、伝統と革新が融合した、まさに山鹿の粋を集めた空間です。
明治、大正、昭和にかけて数々の芸能人が演じ、大衆の娯楽を支えてきましたが、テレビの普及と共に衰退。しかし、この危機を救ったのも山鹿の住民でした。長きにわたる復興運動が行われ、ついに1988年、国の重要文化財に指定されたのです。
現在も、和紙で精巧に作られた山鹿灯籠を使用する「山鹿灯籠踊り」が定期的に開催されるほか、有名歌舞伎役者・坂東玉三郎による舞台が公演されるなど、山鹿の町を盛り上げています。
公演日以外は一般公開されています。一歩、観客席に足を踏み入れると、視線は自然と鮮やかな画が並ぶ天井へ。実は一枚一枚が商店街の広告ポスターなのです。「八千代座」では、建設資金を募るために地元の商店が広告を出資。文字が右から左に書かれていたり、電話番号が短かったりと当時の面影が色濃く残ります。
米米惣門ツアーで訪れたお店も見つけることができ、何代にも受け継がれてきた歴史の流れを実感。(写真左上「坂梨支店」が、現在の「せんべい工房」)
ほかにも役者が歩く花道や舞台裏の楽屋、さらに奈落の廻り舞台など、普段は見られない舞台の裏側を隅々まで見ることができます。
豊かな水が、米を育て、人を集め、町を繁栄させてきた山鹿。
その流れの中で育まれた文化や人のつながりには、水の恵みだけでなく、水と向き合ってきた時間の厚みが感じられます。
阿蘇エリアで感じる「火の国」熊本
一方で、熊本を語るうえで欠かせないのが「火の国」の象徴・阿蘇。
約27万年前の噴火によって生まれた巨大なカルデラは、今なお活動を続ける火山のエネルギーを宿しています。
時をさかのぼること約27万年前、度重なる噴火によって完成したのが阿蘇カルデラです。約350平方キロの面積は世界最大級で、東京23区の半分以上を占めるほど。活火山のカルデラ内に町が築かれ、人々が今も生活を営んでいるのは世界でも希少なのだそう!
そして1000年以上続く野焼きは、阿蘇の自然を保つために生み出された古代の知恵。まさに、火山によって生まれ、火山と共に生きる「火の国」熊本を体現しています。
地球の歴史を知る「阿蘇火山博物館」
実は、「阿蘇山」という山は存在しません。今もなお白煙が昇り続ける「中岳」を中心に、周辺の連山とカルデラを囲むように広がる外輪山を含めた地域一帯をまとめて阿蘇山と呼んでいます。
ダイナミックな阿蘇山を感じに、草千里ヶ浜(くさせんりがはま)へ。標高1,100メートルの高さにあり、放牧された馬がのびのびと生活している様子を見られます。
そして草千里ヶ浜に位置し、阿蘇山の成り立ちを分かりやすく展示しているのが、「阿蘇火山博物館」です。1階は観光案内所とビジターセンター、2階の博物館では火山の噴火に始まり、防災対策や火山の恵み、さらに太陽系最大の山にまで触れるなど、多岐にわたる展示内容は見ごたえ抜群です。
特に阿蘇火山のジオラマは、『ゴジラ』などを通して、日本の特撮映画を築き上げてきた伝説的な美術監督・井上泰幸さんによる貴重なもの。約10分間、映像と音楽と共に解説が流れ、映画さながらの臨場感を味わえます。
「書物によると、9世紀にはすでに人々が阿蘇の草原と共に暮らしていたことが伝わっています。放牧された牛馬が草原を歩くことで、表面の水が押し込まれ、地下にためられます。これらの営みによって、阿蘇は『ユネスコ世界ジオパーク』と『世界農業遺産』の両方に認定されましたが、それは世界でもめずらしいことです」と、学芸員の豊村克則さん。
現在も草原を健全な状態に保つため、阿蘇では春から冬にかけてブランド牛のあか牛が放牧されます。
実は、そのあか牛を食べることは立派な保全活動のひとつ。生産者に加え、阿蘇の草原にも貢献ができるのです。あか牛100グラムあたりで四畳半分の草原を守れるとのこと。阿蘇火山博物館に隣接するレストラン「douce Nucca(ドゥース ヌッカ)」では雄大な景色を望みながら、あか牛を使ったハンバーグやローストビーフをいただけます。
阿蘇山の草原を学ぶ「草原学習館」
放牧同様に、草原の維持に欠かせない野焼きについて興味がわいたら、阿蘇駅から車で約10分の「草原学習館」がおすすめです。草原に火を入れる野焼きは、阿蘇に春の訪れを告げる伝統行事。草原学習館では、枯れ草のススキを椅子に生まれ変わらせるなど、展示を通して阿蘇の草原を楽しく知ることができます。
阿蘇カルデラのジオラマでは、全体の様子だけでなく、この地がいかに豊かな水を育んでいるかを再現。実は、阿蘇は6本もの一級河川の水源となっており、熊本だけでなく福岡、大分、佐賀へと流れ、約500万人もの暮らしを支えています。その貴重な水を蓄えるためにも枯れ草を取り除き、新芽を生やす野焼きは必要なことなのです。
希少な植物が息づく草原ですが、全国的に見ればその面積は国土の1パーセントにも満たず、人手不足の影響から阿蘇の草原も明治時代に比べると縮小しています。それでも、ボランティアへの参加を呼びかけるなど地道な活動を継続。今では野焼き面積の3分の1以上をボランティアが担うなど、支援の輪はカルデラを越えて全国へと広がっています。
「火の国」の奇跡・阿蘇山の環境を後世に残すため、我々にできることを考えるきっかけにふさわしい場所です。
「火・水の国」熊本の復活、後世へ伝えるために
2016年4月14日、熊本地方を震度7の地震が襲いました。我々の記憶にも新しい「熊本地震」から、10年。
活火山と共に生き、豊かな地下水の恵みを受けてきたこの地にとって、それは自然と共存してきた歴史の中でも大きな試練でした。
しかし、「火の国」「水の国」である熊本の営みは、決して途切れることはありませんでした。その循環の中で、人と自然の結びつきはより強く、さらにしなやかなものへと変わっていったのです。
その象徴ともいえる場所が、阿蘇の地に鎮座する「阿蘇神社」です。
ここからは、震災を経た「阿蘇神社」エリアを訪れます。
2000年以上の歴史を誇る「阿蘇神社」には、人と自然が寄り添いながら暮らす景色が息づいています。阿蘇山火口をご神体とする火山信仰と融合し、この地の人々は“火”の力を畏れ、敬いながら生きてきました。
総けやき造の神殿3棟は江戸時代に築かれ、阿蘇を開拓したとされる健磐龍命(たけいわたつのみこと)をはじめ、12柱もの家族神を祭っているのも特徴的です。
境内には、木の周りを歩くことで良縁に恵まれるという言い伝えが残る「えんむすびの松」や、室町時代から神石として人々が触れてきた「願かけ石」などさまざまな見どころが。
何千年にもわたり、人々の願いを聞き入れてきた阿蘇神社ですが、2016年の熊本地震で未曾有の被害に襲われます。「拝殿や神殿も全壊し、楼門は元の場所から8メートルも横にずれて全壊しました。どれも重要文化財だったので復興するのに制約がありましたが、楼門は元の材料を72パーセント再利用し、耐震補強もできました。もう二度と壊れません」と、ボランティアガイドの吉田俊一さんは笑みを浮かべます。
震災から7年半を経て、日本三大楼門のひとつと謳われていた楼門は見事に復活を遂げます。高さ18メートルの堂々としたたたずまいは圧巻で、新たに4本の鉄柱が補強されましたが、立派な柱の影に控えているので言われなければ気が付かないほど。震災をバネに新たな歴史の歩みが始まったのです。
参拝の後は「水の国」を象徴する一の宮門前商店街へ。
阿蘇神社の門前町として栄えてきた「一の宮門前商店街」では、至るところから清らかな水が湧き出ています。カルデラの大地に降った雨がゆっくりとろ過され、地下水となって再び地表へと現れる様子は、まさに、「火の国」が生み出した「水の国」の姿です。
この豊かな水をより多くの人に飲んでほしいという想いから住民たちが水飲み場を意味する、「水基(みずき)」を整備。それぞれに名前が付けられ、金脈の泉といったご利益があるものから、文豪の水、酒杜の水など興味がわくものまでさまざま。気になる水基を探しながら町の散策も楽しめます。
その際に活用したいのが、食べ歩きに便利な「水基めぐりクーポン」です。1冊1,000円(10枚つづり)で、対象の商品をクーポンと交換できます。クーポンは阿蘇神社に近い文房具店「丹波屋」でゲットでき、こちらで「くまモンサイダー」と「蛍丸サイダー」に引き換えることも可能。水基の湧き水で作られたサイダーは、甘さもスッキリです。
黄金色の阿蘇とうきびが店頭に並ぶ「阿蘇とり宮」では、熊本名物の馬肉を使った「手作り馬ロッケ」をはじめ、ハーブで育ったとり肉に梅肉をはさんだ「ハーブ鶏の梅つつみ」、地元のおからが入った「畑のメンチカツ」の3種を揚げ立ての状態で味わえます。イートインスペースもあり、ひとつずつ袋に入れてくれるので食べ歩きもしやすいです。
まるでおしゃれなカフェのような雰囲気の「阿蘇薬草園」では、阿蘇で栽培された薬草を中心に多彩なハーブティーを販売。クーポンでは、阿蘇とうきびと厳選された山草16種をブレンドしたオリジナルの「阿蘇山草茶」と交換できます。スティックタイプなので持ち運びしやすく、旅のおみやげにもぴったりです。
水が育み、火が鍛えた、熊本の強さ
水が育み、火が鍛えてきた熊本の大地。
世界最大級のカルデラが生み出す圧倒的なスケールと、そこから湧き出る清らかな水が織りなす風景は、日本の中でも他に類を見ないものです。
「火の国」であり「水の国」でもあるこの場所だからこそ出会える、ダイナミックで奥深い自然のかたち。
その成り立ちや恵みに触れる旅は、日本の地形の面白さ、そして自然と共に生きる人々の知恵を、きっと新たな視点で教えてくれるはずです。
この夏は、熊本でしか味わえない“火と水の物語”を体感しに訪れてみてはいかがでしょうか。
取材・執筆・文/浅井みらの


